偉大な近代劇のホーム、ヨーロッパ
世界中の多くの人々と同じように、筆者は学生時代、ヨーロッパ古代劇の伝統を学びました。ギリシャで生まれた悲劇や喜劇、そしてその公演に使用される美しい屋外劇場は、長年に渡って幼い私の想像力を刺激したものです。大人になって念願のヨーロッパに訪れた際には、古代劇場へ足を運び、車座になった座席を目にして感激しました。『ペルシア人』や『縛られたプロメテウス』を観て、まるで古代にタイムスリップしたような感覚になったものです。ヨーロッパの古典主義演劇ももちろん楽しみましたが、この大陸のいたるところですばらしい近代劇に出会ったことが私にとって一番の衝撃でした。「劇場は死んだ」という声もありますが、私は強く否定します。実際にヨーロッパの都市を訪れ、古代芸術は健在で一見の価値があると再確認しました。今日は世界演劇の日ということで、ヨーロッパの近代劇に関する筆者自身の体験をシェアしたいと思います。
まずはパペット。人形劇は所詮子ども向けだと思う方も多いでしょう。私も小学生の頃を思い返すとかつてはそう考えていました。しかしフランスの自治体シャルルヴィル=メジエールでは、世界人形劇祭という特別なイベントが毎年開催されています。そんな祭典は初めて聞いたというあなたも圧倒されること間違いありません。複雑かつ芸術的な手作りパペットや、ステージデザイン、パペットたちによる詞的かつ驚きに溢れる感傷的なパフォーマンスなど、今まで出会ったことのないアートの形にふれられることでしょう。
この世界人形劇祭には通常5大陸から250もの団体が参加し、200公演を実施。観客動員数はおよそ15万人にも及びます。人形使いは、伝統的なグローブと糸を使ったからくり人形劇から現代的な棒で操る人形劇、影絵芝居に至るまで、様々なテクニックを駆使してパフォーマンスをします。私にとってこのような人形を使ったパフォーマンスは、演劇の新たな一面に目を向けるきっかけとなりました。あなたも世界人形劇祭に一度参加すれば、きっと同じように驚くことでしょう。
この夏、オーストリアで開催されるブレゲンツ音楽祭では、ジュゼッペ・ヴェルディが作曲した『リゴレット』のオペラ公演が世界最大の水上ステージで実施されることをご存じでしょうか。『リゴレット』は1851年に書かれた曲でそれ自体は現代的ではありませんが、水に浮かぶステージの上で演じるとは実に現代的です。美しいコンスタンス湖の上に浮かぶステージで、スタンド席のたくさんのオーディエンスに向けて役者がパフォーマンスを行います。
数年前私がこの祭典を訪れた際は、古くから伝わる古典オペラのひとつ、モーツァルトの『魔笛』が目玉公演でした。作品は驚くほど近代的で、特にステージの両端にそびえ立つ2頭の巨大なレッドドラゴンが強く印象に残っています。プロモーション用の写真を見るだけでも『魔笛』は期待を裏切りません。丸いステージとその上に浮かぶ巨大なピエロの頭。この作品は私がかつて見たものと同じくらい印象的なものになるでしょう。この圧倒的なステージの写真をもっと見たい方はぜひネットで検索してみてください。(今年の夏、もしもまだヨーロッパへ渡航できる状況でなかったとしても、来年の作品もきっと同様にすばらしいものになるでしょう。)
ヨーロッパで私が注目した劇の3つ目は、ルーマニアの中心都市シビウで見たものです。シビウ国際演劇祭はおよそ30年間に渡り世界トップのパフォーマーをルーマニアに迎え、10日間に及ぶアートの祭典を開催してきました。私が参加した年のテーマは「愛」。絵のように美しいこの街に数万人が足を運び、あらゆる国籍・年齢・特性の役者がコスチュームを身にまとい舞台に立ちました。これは私が観てきた中で最も深みがあり、表現的かつ寛容的なパフォーマンスであったといえます。しかもそのパフォーマンスは劇場の建物の中に閉じ込められることはなく、街角に飛び出していました。ドラマチックなスキットからミュージカルに至るまで、この祭典はシビウの街を近代文化・芸術・表現のるつぼへと変身させました。ルーマニア滞在で最も印象的だったのは、石畳の道でルーマニアの伝統的なパイalivenciを食べながら、バンドが祭典のパフォーマンスとコラボレーションするのを眺めていたときです。2021年のシビウ国際演劇祭のテーマは「共に希望を生み出そう」。この時期にぴったりのテーマですね。
ヨーロッパ旅行で近代劇を巡った思い出を振り返ると、ある一つの思いが心を埋め尽くします。「未来の文化を担う、芸術界最前線の人々にとって、ヨーロッパ大陸はホームといえる場所だ」ということ。このような人たちがアート作品をファンと共有する場所は、ヨーロッパの都市なのです。もう一つお伝えしたいのは、シャルルヴィル=メジエールやブレゲンツ、シビウなど、街の外れで予期せぬ演劇や芸術の宝を発掘することが多いということ。もしまた旅行ができるようになったら、ぜひこれらの都市を訪れ、あなたが求めているアートの世界に浸ってください。アート好きで「#CreativelyCurious」な私には、人生が変わるような大切な思い出となりました
アリソン・スペンサー (Alison Spencer) , Creatively curious
イリノイ州シカゴ シアターオペレーションマネージャー